同窓会ニュース 2025.8.25

高1回の五輪選手・室矢さん親戚母校訪問

高1回生でヘルシンキ五輪(1952年)、メルボルン五輪(1956年)に陸上選手として出場した室矢芳隆(むろや よしたか)さんの親戚13人が8月17日に母校を訪れました。訪問の目的は、高校に保管されているゆかりの品々を見学し、室矢さんの想い出を語り合うことでした。

室矢さんは2019年に88歳で亡くなりましたが、県内外で暮らす妹や弟、おい・めいらが一堂に会し、中川久仁彦校長の案内で、100周年記念事業で作成された功績紹介パネルや当時の新聞記事、オリンピック参加メダル、手書き色紙などを見学しました。
当日訪れたのは、妹の三ケ尻鶴子さん(90)=東京都中野区、永山陽子さん(84)=大阪市、弟の室矢喜久治さん(77)=金沢市ら、東京・大阪などから集まった13人です。「今回が最後の法要になるかもしれない」との思いから訪問が実現しました。
きっかけは、福井県高浜町在住の弟で四男の室矢勝司さん(高15回生)が母校へ送った一通の葉書でした。「高校に兄の記念品があると知り、見たいということになりました。姉弟も高齢になり、これが最後になると思うので、ご配慮いただけますと幸いです」と綴られていました。勝司さんは新型コロナに感染し参加できませんでしたが、妹の鶴子さんや陽子さんらは、懐かしい新聞記事や出場メダルを目にして、在学当時の記憶をよみがえらせていました。
長女の三ケ尻さんは「いつも大変な練習をしていました。妹ながらに、すごい兄でした」と振り返り、末っ子で五男の喜久治さんは、志賀町大島の実家から高校まで、片道16キロを毎日往復して通学していたこと、登校前に実家の揚げ浜塩田で海水を入れた樽を何度も運んで足腰を鍛えていたことなどを語り、「高校時代の兄の記憶がよみがえってきました」と感慨深げでした。
室矢さんは志賀町大島の出身で、7人兄弟姉妹の次男として羽咋高校へ進学し、そこで本格的に陸上競技を始めました。羽咋高女4回生でロサンゼルス五輪(1932年)女子走高跳び8位入賞の廣橋百合子さんから指導を受け、高校総体では800メートルで優勝するなどの好成績を収めました。
卒業後は中央大学へ進学し、箱根駅伝では2度の区間賞を獲得。オリンピックでは800メートルと4×400メートルリレーに出場し、特にメルボルン大会ではアジア人として初めて準決勝に進出する快挙を成し遂げました。
こうした偉大な功績を後輩に伝えるため、室矢さんと廣橋さんを紹介するパネルが100周年記念事業の一環として制作されました。また、室矢さんは2008年に、伝統のマラソン大会へ優勝カップを寄贈しており、現在も「室矢杯」として親しまれています。
過去の新聞によれば、室矢さんは高校時代、全国大会で「羽咋」が「はさく」と誤読されたことに大きな悔しさを感じ、それをバネに「羽咋を全国に知らしめたい」と努力を重ねたといいます。室矢さんのひたむきな姿勢は、今も後輩たちに語り継がれています。
 
室矢芳隆さんの親戚13人が母校を訪問1

 
室矢芳隆さんの親戚13人が母校を訪問2
 
室矢芳隆さんの親戚13人が母校を訪問3

 
室矢芳隆さんの親戚13人が母校を訪問4

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